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“修飾シグナル病” 領域の概要

1. 本学術領域の立ち上げの背景

タンパク質の翻訳後修飾は、タンパク質の機能や寿命及びタンパク質間相互作用(またはタンパク質と核酸、脂質等の間の相互作用)に基づく複合体形成を制御し、細胞内シグナル伝達ネットワークの制御に本質的な役割を果たしている。しかも近年、従来からシグナル伝達制御における普遍的な翻訳後修飾として知られているリン酸化に加えて、ユビキチン化、SUMO化、グリコシル化、メチル化、アセチル化、シトルリン化、ヒドロキシル化など、多彩な翻訳後修飾が同定され、その時空間的にダイナミックな変化が、細胞内シグナル伝達と細胞機能の制御に極めて重要であることが明らかにされてきた。一方で、この様な翻訳後修飾の制御破綻が、癌、心血管疾患、神経変性疾患、感染症、自己免疫疾患などの病因・病態にも深く関与することが明らかになりつつある(図1)。

しかしながら、シグナル伝達の制御に関わる既知の翻訳後修飾でさえ、その分子機構の詳細は未だ不明であり、その解明には、従来の分子生物学的解析に加えて、タンパク質の構造学的解析や、シグナル伝達を計算式として捉え、その動的反応のモデル化を図る数理科学・生物物理学的解析など、近年特に進歩の著しい異分野からの視点を導入する必要がある。この様な学際的解析によって初めてシグナル伝達の時空間的理解が可能となると考えられる。また、シグナル伝達経路には、多くの未発見の翻訳後修飾制御が存在することが想像され、これらの解明にはタンパク質解析に関する新たな技術導入が必須である。さらにこの様な試験管内や培養細胞を用いた研究によって得られた分子レベルでの成果を、翻訳後修飾の機能解明に的を絞った遺伝子改変マウス等を作成して個体レベルでも検証することにより、ヒトの疾患との関連が解き明かされ、新規治療法開発に貢献することが可能となる。

2. 本学術領域の進め方

研究項目  A01 分子細胞生物学及び医科学を基盤とするシグナル研究
A02 構造生物学を基盤とするシグナル研究
A03 数理科学を基盤とするシグナル研究

上記の3つの研究項目を設定することにより、分子細胞生物学及び医科学(A01)、構造生物学(A02)、数理科学(A03)の研究者及びプロテオミクス研究者(A01)の間での有機的な異分野連携を領域内で推進し、翻訳後修飾を基盤としたシグナル伝達の時空間的な制御を明らかにする(図2)。概ね以下の研究及びこれらに関連する研究の遂行を計画している。

1)翻訳後修飾解析のための技術基盤の確立

2)翻訳後修飾によるシグナル伝達制御機構の解明

3)疾患における翻訳後修飾異常の解明

3. 計画研究班の研究内容と公募研究との関係

細胞内シグナル伝達は、形態形成の根幹を成すものであり、あらゆる細胞の増殖分化の時空間的制御を担っているため、その経路数は膨大であり数人の研究者がすべての経路を対象とすることは到底不可能である。そこで計画研究では、転写因子NF-κB活性化シグナル(井上、山岡、徳永A01)、タンパク質リン酸化酵素MAPキナーゼ活性化シグナル(武川A01)およびAkt活性化シグナル(高橋A01)に的を絞る。これらのシグナル伝達システムは、高次生命現象や疾患発症への関連が既に明らかであり、かつ計画研究者自身がその翻訳後修飾による活性制御機構や疾患発症との関連に関する研究の発展に大きく貢献しており、国際的優位性を保持している。石谷(A02)は、翻訳後修飾によるシグナル制御をタンパク質構造学的に解明するため、翻訳後修飾制御分子、シグナル伝達分子やその複合体の結晶構造解析を推進する。尾山・井上(A01)は次世代型質量分析計(従来の約100倍の解析精度を持つ)を駆使し、上記シグナル伝達経路における既知翻訳後修飾の新たな機能や調節機構を解析するのみならず、関連するシグナル伝達経路における未知の翻訳後修飾を探索する。市川(A03)は、上記シグナルについて時空間的な視点を導入した数理モデルを提唱し、各研究者にフィードバックする。フィードバックされたモデルを他のメンバーが綿密な連携をとりながら実証し、さらに疾患との関連を明らかにする。

NF-κB、MAPK、Akt経路が互いに密接リンクしていることから、計画研究においてはこれらの経路に的を絞ることにより、研究推進上のシナジーを期待できるが、一方領域全体としては、多様なシグナル伝達経路とその制御に関わる翻訳後修飾研究を対象とすることも重要であり、公募研究の採択に当たっては特定のシグナル経路に限定しない方針である。また、翻訳後修飾の時空間的動態を捉えるプロテオミクス解析や分子イメージング法など、新たな基盤技術開発に関する研究推進も期待したい。

4. 有機的な連携、若手育成を図るための総括班の役割

総括班は、領域推進会議やシンポジウムの企画運営・調整や研究リソースの充実化と言った従来の総括班の役割に加えて、異分野の連携や質量分析計の活用を公募研究も含めて積極的に推進させる役割を担わなければならない。そのために武川は異分野連携促進を統括する。また、石谷は構造解析相談、市川は数理モデル相談、尾山は質量分析相談を担当して武川の統括の下、班員と情報の交換をしつつ異分野の融合を図る。情報交換の方法は、ホームページ上に適当な場を工夫する。また、若手研究者に発表討論の機会を積極的に設けて将来の生命科学を担う人材の育成に務めたい。