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2011 Cincinnati Cancer Symposium Series: NF-κB, Inflammation and Disease参加報告

東京医科歯科大学ウイルス制御学分野
斉藤愛記 


シンシナティのダウンタウンでの筆者

オハイオ州シンシナティ市にて開催の、2011 Symposium on NF-κB, Cancer, Obesity, and Inflammationに、東京大学医科学研究所の井上純一郎教授と参加しました。NF-κB活性化機構の詳細な解析および疾患との関わりについての研究発表や討論が精力的に行われました。私はこれまでに造血系腫瘍や上皮系腫瘍を含む多くの腫瘍細胞におけるNF-κB活性化機構と悪性形質の発現に対する役割について研究してきましたが、今回の学会では癌との関わりに加えて炎症、免疫、肥満など様々な方面からの最新の研究報告がなされ、とても新鮮に感じ、また非常に勉強になりました。

多くの興味深い演題がありましたが、その中で例えばDavid Baltimore博士はNF-κBの活性化依存的に発現誘導されるmicroRNAの同定とその役割について発表されており、実際にmonocyte系の細胞を刺激すると、サイトカインの産生を誘導するIRAK1やTRAF6などを標的としたmiR-146aの発現が誘導され、一方マクロファージ系細胞を刺激することで逆にサイトカイン産生を抑制するSHIP1やSOCS1を標的としたmiR-155の発現が誘導されること紹介されており、NF-κBの活性化は即ち単純に炎症性サイトカインの産生ではないことを示されていました。さらにmiR-146aはマウスにおけるmyeloproliferative syndromeに関与し、そこにはp50が重要な役割を果たすことなど、疾患との関連について証明されていました。次に、現在オートファジーの腫瘍抑制作用についての役割が示唆されていますが、近年オートファジーとNF-κBの関連についての報告が増えています。Albert Baldwin博士はNF-κBシグナル伝達経路の中間複合体であるIκB kinase (IKK)がNF-κBによる転写非依存的にオートファジー関連因子ATG-5やBeclin-1の発現を誘導すること、そして前立腺癌細胞株においてPTEN/PI3K/AKTシグナルがmTORとIKKの直接的相互作用をもたらすという知見を示されており、非常に興味深いものでした。そして現在、細胞の悪性形質転換(transformation)に至るステップとしてprimary cellsからimmortalized cellsへと変化する過程にはROS、p53、pRBの発現・制御異常が関わることが知られていますが、Denis Guttridge博士はこの過程においてはNF-κB転写因子の一つであるRelAを欠損させるとgenetic instabilityが引き起こされること、つまりRelA はtumor suppressorとして機能することを見出しており、一方でRASの変異が関与するimmortalized cells からtransformed cellsへの過程ではRelAが逆にマウスにおける造腫瘍能を促進するという大変興味深い知見を紹介されていました。私は主として既に形質転換した腫瘍細胞を扱ってきましたが、NF-κB分子の様々な側面を知ることができ、さらに他のNF-κB分子については?などの多くの興味を抱きました。


1871年に落成した中心街にある
タイラー・デイビッドソン噴水

他に今回の学会参加を通して学んだこととして、presentationの上手さ、特にテンポの良さや背景の丁寧な説明、そして限られた時間内で可能な限り多くのことを伝えようとする姿勢です。結果として発表時間をオーバーすることが常となっていたようですが、自分の研究をいかに理解してもらうか、ということに対する情熱をとても強く感じました。また、論文でその名前を知るだけであった高名な研究者であるMichael Karin博士に対しても全く遠慮なく突っ込んだ内容の質問がなされ、非常に深く有意義なdiscussionがなされたこと、そしてKevin Struhl博士の発表ではDavid Baltimore博士からの厳しい指摘に対しても決して物怖じせずしっかりと自己の主張を説明し通したこと(最終的には座長によってストップがかかりましたが)など、日本ではなかなか見ることのない大変濃い内容のdiscussionを目の当たりにすることができました。その他に全体を通して感じたものとして、今回の学会では炎症、癌や免疫などに関連した疾患が問題になっていることを踏まえた上で、その疾患の発症の分子メカニズムの詳細な解析に焦点が集まっているように感じました。もともと理学部出身の私としては、サイエンスの原点に立ち返ったような感覚で、良い刺激を受けることができました。


Cincinnati発祥の伝統料理chili(チリ)

今回の学会が行われたシンシナティ市はアメリカ合衆国オハイオ州南西部に位置し、市の南部にはオハイオ川が流れ東部にはアダムス山があるといった自然に恵まれた美しい街です。その美しさは19 世紀の詩人へンリー・ワーズワース・ロングフェローに『西部の女王都市』と呼ばせたほどで、現在もクィーン・シティの愛称で親しまれています。帰路に立ち空港へ向かう中、緑に覆われた自然の中に霧が立ち込める様子が車の中から眺められ、その幻想的な光景が強く印象に残っています。街中を井上教授と歩いてみると、去年訪れたニューヨークほどに人が多くないものの穏やかな雰囲気があり、観光用に街なかで馬が馬車を引いたりしています。都市部ではある一方で古いものも残されており、井上教授と街中のレストランで食べたchili(チリ)は、これぞアメリカの伝統的な田舎料理!といった感じで中々のものでした。