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Keystone Symposia Stem cells, Cancer and Metastasis に参加して

東京大学医科学研究所分子発癌分野
山本瑞生 

2011年3月6日から3月10日までコロラド州Keystoneで行われたKeystone Symposiaに井上純一郎教授、山口憲孝助教、博士課程の呉羽拓山本瑞生の4人で参加しました。Keystone symposiaは生物・医学に関する広範な内容を特徴的なテーマに区切って開催され、今回はStem cells, Cancer and metastasisというテーマでした。ミーティングサマリーの中に、「癌幹細胞仮説やPre-Metastatic Niche仮説といった最近新たに注目されている仮説や、上皮間葉転換(EMT)といった古典的な癌悪性化のトピックについて最先端の研究者たちが一堂に会して議論を行い、これらのトピックを総合して癌治療に結びつける事が目的である」、とあるように各セッションではコンセプトを横断した非常に活発な議論が行われました。

行きのデンバー空港にて(左から 井上、呉羽)
行きのデンバー空港にて(左から 井上、呉羽)

我々の研究テーマでもあり、本会でも特に注目された乳癌に関するセッションではJane Visvader, Charlotte Kuperwasser, Rama Khokhaらが正常乳腺上皮細胞の分化と乳癌の起源について精力的な発表を行いました。Jane Visvaderは卵巣由来のプロゲステロンが乳腺上皮細胞のLuminal cellを刺激してRANKLの発現を亢進させ、このRANKLが乳腺上皮幹細胞の増殖を亢進することで妊娠時の乳腺の発達が起こることを示しました。また、ヒトにおいて遺伝的にBasal-likeサブタイプ乳癌を発症することが知られているBRCA1変異を持つ患者では、乳腺上皮幹細胞が減り、Luminal progenitor細胞が異常に増加していることからBasal-likeサブタイプ乳癌細胞の起源はLuminal progenitor細胞ではないか、という議論を行いました。一方でCharlotte Kuperwasserはヒト乳腺上皮細胞に含まれるCD10陽性細胞がBasal progenitorであることに注目し、この集団に癌遺伝子であるRasやCycline D1を導入してマウスに移植することで発生する癌はClaudin lowサブタイプ乳癌細胞と類似することからBasal progenitorがClaudin lowサブタイプ乳癌細胞の起源であることを示しました。また、BRCA1変異を持つ患者の乳腺上皮細胞では、非癌部であってもLuminal progenitorにおいてEMT関連遺伝子であり本来Basal cellで高い発現を示すSlugがタンパク質レベルで安定化し、異常な分化状態にあることを報告し、Basal-like乳癌発生との関連について議論を行いました。Rama KhokhaはVisvaderらと同様のプロゲステロン-RANKLシグナルによる乳腺構築が妊娠時だけでなく性周期においても起きていることを示しました。性周期に応じて変化する卵巣ホルモンの血中濃度に応じて乳腺上皮細胞が活発に増殖して乳腺の構築が行われ、その後急速な乳腺上皮細胞のアポトーシスによる退縮が繰り返される事が乳癌の原因となっている可能性について報告しました。

宿泊したKeystone INN前にて(左から 井上、山口)
宿泊したKeystone INN前にて(左から 井上、山口)

我々の研究室からは山口助教、博士課程の呉羽と山本の3人がポスター発表を行いました。山口助教はBasal-like乳癌細胞における恒常的NF-κB活性化の原因がNF-κB inducing kinase (NIK)の過剰発現であり、NIKの発現調節がエピゲネティックな調節の異常である可能性について発表を行いました。呉羽は彼が最近新たに発見した乳癌細胞におけるNF-κB下流遺伝子の癌悪性化に与える影響について発表を行い、山本は恒常的もしくは誘導性のNF-κB活性化が下流遺伝子の発現を介したパラクライン機構によって乳癌幹細胞の維持・増殖を促進しているという内容で発表を行いました。ポスターセッションは夕食の会場で夜の7時から10時まで行われましたが、発表者は夕食を食べる暇もない程に白熱した議論が行なわれ非常に良い経験となりました。

ロッキー山脈を背景にスキー場にて(左から 山本、山口)
ロッキー山脈を背景にスキー場にて(左から 山本、山口)

学会は午前中のシンポジウムと夕方のシンポジウムの間に5時間程休憩があり、我々は中日の三日間の休憩時間にKeystone Resortの醍醐味であるスキーを楽しみました。麓の宿がすでに標高2700メートルであり頂上は3500メートルを超える標高のためか、雪質が非常に良く自分がとても上手くなったかのような錯覚を覚えながら滑ることが出来ました。ゴンドラで相乗りになったデンバーで英語を教えている方が「去年の雪は最悪だったけれども今年はとても良い雪だ」と言っており現地の方々から見ても今年の雪質は良好であったようです。コースもゲレンデがとても広く、また1本1本がとても長くてアメリカのスケールの大きさをここにも感じることが出来ました。

帰国前日の現地3月10日(日本では3月11日)に宿に帰って帰国の準備をしてベットに入ると、突然井上教授から電話があり日本で地震があった事を知りました。お互いの家族が無事であることを確認し、デンバーからサンフランシスコ経由での帰路に着きましたが日本では空港が点検、使用不可になっておりサンフランシスコ空港で半日近く待つこととなりました。空港のモニターやインターネットで津波の映像や被害のニュースを見て地震の規模を認識し非常に不安になったことを覚えています。その後原発の問題による登校規制があり、電力不足による節電を研究室でも心がけることとなりました。

今回の学会参加は、世界中の研究者との議論を経験して研究への更なるモチベーションを得る機会となると共に、僕自身は日頃あまり意識してこなかった研究できることの有難さを考える機会となりました。今回の経験を生かして今後の癌研究により貢献出来るよう頑張っていきたいと思います。