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研究成果

武川 睦寛(名大・環境医研・分子シグナル制御)
Yuji Kubota, Pauline O’Grady, Haruo Saito and Mutsuhiro Takekawa
Oncogenic Ras abrogates MEK SUMOylation that suppresses the ERK pathway and cell transformation.
Nature Cell Biology 13, 282-291 (2011) [PubMed]
Science Signaling誌、Editors' Choice欄の対象論文に選ばれ、解説文が載りました。

要約

ERK MAPキナーゼ経路(Raf-MEK-ERK)は、細胞増殖を司るシグナル伝達システムであり、この経路が異常に活性化されると細胞が癌化することが知られています。本論文では、ERK経路の新たな活性調節機構として、この経路の構成分子であるMEKが、細胞内でユビキチン様蛋白質SUMOによって翻訳後修飾されること、さらにSUMO化がMEKの機能を阻害して、ERK経路の過剰な活性化を防ぎ、発癌阻止に作用することを見出しました。また、ヒト癌で高率に遺伝子変異が認められる癌遺伝子Rasが、MEKのSUMO化を阻害してERK経路を強く活性化し、発癌を招くことを明らかにしました。この成果を応用することで、新たな癌治療薬の開発が期待されます。

詳細

ERK MAPキナーゼ経路(Raf-MEK-ERK)は、様々な増殖因子によって活性化されるシグナル伝達システムであり、細胞増殖の制御に中心的な役割を果たしている。ERK経路の異常は、発癌と密接に関与することが知られており、実際にこの経路の上流に位置する低分子量G蛋白質Rasは、様々な癌において高率に変異が見出される最も重要な癌遺伝子である。活性型Ras変異体はERK経路を恒常的に活性化し、その結果、細胞が癌化する。ERK経路の活性制御機構や、Rasによる発癌機構の詳細を解明することは、新たな分子標的抗癌剤を開発する上でも重要である。

一方、SUMO化は、約10 kDのユビキチン様蛋白質であるSUMO(small ubiquitin-like modifier)が、E1(SUMO活性化酵素)、E2(SUMO結合酵素)、およびE3(SUMO転移酵素)という3つの酵素の働きによって、標的蛋白質分子内のリジン残基にイソペプチド結合する翻訳後修飾である。SUMO化は、蛋白質の機能変換シグナルとして作用し、標的分子の性質を様々に変化させる。近年、SUMO化が遺伝子発現調節などの多彩な生命現象に関与することが明らかにされてきた。しかしながら、ERK経路の活性制御に、蛋白質のSUMO化修飾が関与するかどうかに関しては、これまで全く知見が無かった。

本論文では、ERK経路のMAPKKであるMEKが、細胞内でSUMO-1によって翻訳後修飾されること、さらにその結果、MEKとその基質であるERKとの分子間結合が阻害されて、ERK経路の活性化が抑制されることを明らかにした。SUMO化されないMEK点変異体を発現する細胞では、増殖因子刺激によるERK経路の活性化が亢進して、細胞増殖能が有意に増強することから、MEKのSUMO化は、ERK経路の過剰な活性化を防ぎ、増殖シグナルの適切な制御に重要な役割を果たしていると考えられる。さらに私達は、癌遺伝子である活性型Rasが、MEKのSUMO化修飾反応を阻害することを見出し、実際にRasに変異を有する様々なヒト癌細胞内においてMEKのSUMO化が消失していることを発見した。また反対に、MEKのSUMO化を強制的に亢進させると、活性型Rasによる細胞の悪性形質転換が有意に抑制された。以上の結果から、癌遺伝子Rasは、Rafを活性化すると同時に、MEKのSUMO化修飾による不活性化を阻止する、という二重の機構によってERK経路を強く、そして効率良く活性化し、発癌を招くことが明らかとなった(図1)。

次に、活性型RasによるMEK-SUMO化阻害機構を解明するため、まずMEKのSUMO化を制御する分子の同定を試みた。その結果、MAPKKK分子の一種であるMEKK1が、MEKのSUMO化を担うE3リガーゼとしても機能することを見出した。さらに、MEKK1とRasとの相互作用を解析したところ、癌遺伝子RasがMEKK1と直接結合して、MEKK1(E3)とUbc9(E2)の結合を著しく増強させることを突き止めた。E1、E2、およびE3分子は、相互に結合と解離のサイクルを繰り返すことによって、標的蛋白質を構成的にSUMO化することが知られている(図2)。活性型Rasは、MEKK1とUbc9の結合を増強し、解離を阻害することで、このSUMO化のサイクルを停止させ、MEKのSUMO化を抑制していると考えられる。以上の結果から、癌遺伝子Rasは、MEKK1のSUMO-E3リガーゼ活性を阻害し、MEKのSUMO化を阻止するという新たな機能を持つことが明らかとなった。

本研究によって、ERK経路の活性調節に、今まで全く知られていなかったMEKのSUMO化修飾が重要であることが見出され、細胞増殖シグナルの新たな制御機構が分子レベルで示されると共に、癌遺伝子Rasが細胞を癌化させるメカニズムの一端が明らかとなった。本研究の成果は、MEKK1によるMEKのSUMO化反応を促進したり、癌遺伝子RasによるSUMO化阻害を解除したりすることで、ERK経路の異常な活性化を抑制し得る可能性を示しており、この知見を利用した新たな癌治療薬の開発が期待される。

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