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研究成果

高橋雅英(名大・院医・分子病理)
Ishida-Takagishi M, Enomoto A, Asai N, Ushida K, Watanabe T, Hashimoto T, Kato T, Weng L, Matsumoto S, Asai M, Murakumo Y, Kaibuchi K, Kikuchi A, Takahashi M
The Dishevelled-associating protein Daple controls the non-canonical Wnt/Rac pathway and cell motility.
Nat Commun. 3:859, 2012 [PubMed]

要約:

 古典的(canonical)および非古典的(non-canonical)Wntシグナル伝達経路は胚発生、組織の細胞構築の形成・維持、細胞の増殖など多様な生命現象を制御するシグナル伝達経路であり、発生のみならず癌を含め多くの病態に深く関与している。Wntファミリーの中でもWnt5a等による刺激によって活性化される非古典的Wntシグナル伝達経路は組織の極性決定や細胞の運動を制御することが知られている。本伝達経路ではスキャフォールド分子Dishevelled(Dvl)と、その下流で活性化する低分子量GTPaseのRhoファミリー分子群が不可欠な役割を果たすことがこれまでの研究で明らかにされている。

 Rhoファミリー分子の一つRacはアクチン細胞骨格の再構成や細胞運動に必須の分子であるが、現在までに非古典的 Wntシグナル伝達経路の下流でRacが活性化される分子機構は解明されていなかった。本論文ではDaple(Dishevelled-associating protein with a high frequency of leucine residues)がDishevelled との相互作用を介して、Wnt5a刺激依存的なRacの活性化を制御することを示した。培養細胞を用いた実験で、Dapleはアクチン骨格の再構成や細胞運動に必要であることを示した。また作製したDapleノックアウトマウスの解析により、本分子機構が皮膚の創傷治癒に重要な役割を果たすことも明らかとなった。

 本研究は、非古典的Wntシグナル伝達経路の新たな分子機構を解明するとともに、創傷治癒の他、癌の進展等における細胞運動を制御する機序の解明につながる可能性がある。

詳細

 Dapleは大阪大学の菊池章教授のグループによって同定された分子で、詳細な機能が未知のN末端領域とC末端領域、その間のcoiled-coil領域から構成される約250kDaの大型の分子である(図1)。以前、私達が報告したGirdinやGipieと配列上の相同を示すが、その機能の共通性は現時点で明らかにされていない。DapleはそのC末端部分を介してDishevelledと結合し、このことが古典的Wntシグナル伝達経路におけるbeta-cateninの安定性や核内移行に重要であると報告されていた(Oshita et al., Genes Cells, 8:1005-17, 2003)。非古典的Wntシグナル伝達経路におけるDapleの機能は解明されていなかったため、私達はまずDapleがRhoファミリー分子の活性化に関与している可能性についてスクリーニングした。その結果、DapleあるいはDapleのC末端ドメインの強制発現によってRacが特異的に活性化することを見出した。RNA干渉法によって内因性に発現するDapleをノックダウンすると血清刺激あるいはWnt5a刺激に依存したRacの活性化と細胞運動能が抑制された。

 

 次にその分子メカニズムとして、以前Dishevelledの結合分子として同定され、かつ神経細胞の突起伸長に重要と報告された非定型プロテインキナーゼC(atypical protein kinase C、以下aPKC)に着目した。Dapleの発現によって、DishevelledとaPKCの結合が増強され、aPKCのリン酸化が誘導された(図2)。Daple依存的なRacの活性化はaPKCの阻害剤(pseudosubstrate)の投与によって抑制されることから、DapleによるDishevelled/aPKCの複合体の安定化がRacの活性に重要と結論された。今回の検討ではDishevelled/aPKC複合体の下流でRacを活性化するメカニズムは明らかにできなかったが、Tiam-1等のGEF活性を有する分子がその役割を担うものと推定される。

 

 Dapleのノックアウトマウスを作成したところ、出生後の体重増加が軽度障害されるものの明らかな形態学的異常を認めなかった。皮膚の創傷治癒実験モデルで表皮および真皮の細胞の創傷部への移動能を評価したところ、野生型マウスに比較してDapleノックアウトマウスでは移動能の有意な低下およびそれに伴う創傷治癒の遅延が観察された。Wntの発現が創傷部位で上昇するという以前の研究結果とあわせて考えると、これらの知見はDapleとDishevelledの相互作用が生体内でも非古典的Wntシグナル伝達経路に依存したRacの活性化と細胞移動に重要であることを示すものである。

 今回の検討で未解明の問題点も多く残されている。Dapleに依存したDishevelledとaPKCの結合の増強は、結合の安定性が上昇した結果なのか、Dapleによって結合が直接媒介される結果なのか、未だ断定的な結論を得ていない。またDaple依存的なRacの活性化と細胞運動はWnt5aのみならず血清でも誘導されることから、Dapleの上流にはWnt以外の分子が関与している可能性もある。生体におけるDapleの役割も今後さらに詳細に検討していく必要がある。Wntシグナルの異常は多くの悪性腫瘍でも観察されており、腫瘍の進展におけるDapleの役割も今後検討されていくべき問題である。

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