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研究成果

市川一寿(東大医科研)
Ayako Watanabe, Daisuke Hosino, Naohiko Koshikawa, Motoharu Seiki, Takashi Suzuki, and Kazuhisa Ichikawa
“Critical Role of Transient Activity of MT1-MMP for ECM Degradation in Invadopodia”
PLoS Computational Biology, 9(5), 2013, e1003086. doi:10.1371.PubMed]

MT1-MMPの過渡的活性が浸潤突起における細胞外マトリクス(ECM)の効率的分解に重要である

我が国の死亡率トップであるがんは、その転移を抑えることで90%の命を救えると言われています。従って悪性化したがん細胞の周辺組織への浸潤を抑えることは、治療の重要なターゲットです。がん細胞の浸潤初期過程は、がん細胞自身がそれを取り囲むECMを分解することで始まると考えられており、がん細胞の表面から伸びた浸潤突起(invadopodia)に膜型ECM分解酵素であるMT1-MMPが挿入されることでECMの分解が始まります。MT1-MMPは様々な翻訳後修飾を受け、かつ他のタンパク質に対しても修飾を行います。MT1-MMPの翻訳後修飾として重要なのはシェディングと呼ばれるタンパク質の一部を切り取ることによる活性調節で、たとえば細胞外に存在する別のECM分解酵素であるMMP-2をシェディングして活性化します。一方、MT1-MMPはTIMP-2と呼ばれるタンパク質で抑制を受け、また他のMT1-MMPによって自身がシェディングされて不活化されます。このようにinvadopodia膜に挿入されたMT1-MMPはダイナミックな活性調節の環境下にありますが、本研究のシミュレーションによって予想をはるかに超える短い時定数で活性調節を受け、かつそれがECMの効率的分解に不可欠であることが明らかになりました(図1)。

図1 浸潤突起におけるMT1-MMPのダイナミクス

以前の研究で、pool Dとpool Xという2つの異なるMT1-MMP挿入サイトがinvadopodiaに存在すること(ターンオーバー時定数はそれぞれ26秒と259秒)、ECMの効率的分解にはこの時定数での繰り返しMT1-MMP挿入が必要であることをFRAP実験とその解析、及びシミュレーションで明らかにしました(Hoshino, D, et al., PLoS Comp.Biol., 8(2012), e1002479)。MT1-MMPはTIMP-2で不活化されるので活性維持のためには新たなMT1-MMPが必要であることは予想できますが、pool Dの26秒という非常に速い時定数でのターンオーバーがなぜ存在するのかは不明でした。26秒という時定数は、速いターンオーバーで知られるトランスフェリン受容体の1/2以下です。そこでシミュレーションと解析を行い、この原因を探りました。

その結果、まずinvadopodia膜に挿入されたMT1-MMPは4.5秒以下という非常に速い時定数で不活化されること、及び不活化に引き続いて低い活性化状態が安定して継続すること、継続する活性化MT1-MMP濃度はTIMP-2濃度に対して非線形で、100nM付近で急激に低下することを見出しました(図2)。この定常状態での活性化濃度はMT1-MMPのターンオーバー時定数に依存し、時定数の増大(ターンオーバーレートの低下)によって、非線形性が大きく増大します(図2の赤線)。

図2 活性化MT1-MMPの素早い不活化と定常状態における活性化MT1-MMP濃度

そこで次に問題になるのは、ECMの分解に主に作用するのは、素早く不活化されるが活性化濃度の高い過渡的活性化部分か、それとも活性化濃度は低いが長時間継続する定常状態部分のどちらであるかです。これを明らかにするため、シミュレーションの特徴を最大限に活用し、プログラムの操作によって過渡的活性化のない状態を作り出し(これは今のところ実験的には不可能です)、それがある場合とない場合を比較しました。その結果、ECMの分解には鋭い過渡的活性化部分が必要であることを示しました。これが存在しないと、ECMが半分分解されるまで時間τHが100倍以上になります(図3A)。3次元モデルでもこの状況は同じで、過渡的活性化部分があればinvadopodiaの存在する領域でECM分解が進むが、存在しない場合にはECMは全く分解されませんでした(図3B)。

図3 ECMの効率的分解にはMT1-MMPの鋭いトランジェントが必要である。

以前の研究と今回の研究をまとめたのが図1で、invadopodiaでは非常に速いダイナミクスでMT1-MMPの活性調節がおこなわれていることを明らかにしました。これだけ早い活性調節を受ける膜上のMT1-MMPを薬物で阻害することは非常に難しいと考えられます。そこでこれまでとは異なる戦略での阻害、たとえばMT1-MMPの膜挿入そのものを選択的に阻害するなどの新しいアプローチが必要になるものと予想されます。

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