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研究成果

石谷 太(九州大学・生体防御医学研究所)
Ota S, Ishitani S, Shimizu N, Matsumoto K, Itoh M, Ishitani T
NLK positively regulates Wnt/beta-catenin signalling by phosphorylating LEF1 in neural progenitor cells
EMBO Journal, 2012 in press [PubMed] [EMBO]

要約

 Wnt/βカテニンシグナルは、私たち人間を含む多細胞生物の体の形態形成を制御する重要なシグナル伝達経路である。また、このシグナルは、幹細胞や前駆細胞の増殖・維持や、がん、糖尿病、精神疾患の発症にも関わっている。私たちは今回、哺乳動物の神経前駆細胞様細胞株及び脊椎動物の中脳の神経前駆細胞におけるWnt/βカテニンシグナルの活性化に、タンパク質リン酸化酵素NLKが必須であることを見いだした。神経前駆細胞においては、Wnt/βカテニンシグナルの転写因子LEF1はHDAC1と結合しており、不活性状態にある。私たちは本論文において、Wnt分子を受容した神経前駆細胞ではNLKが活性化してLEF1をリン酸化し、このリン酸化によりLEF1とHDAC1の結合が減少し、結果としてLEF1を介した遺伝子発現が誘導されることを明らかにした。この発見は、Wnt/βカテニンシグナルにおける新しいシグナル伝達経路の発見であり、今後、Wnt/βカテニンシグナルの関わる生命現象の理解の促進や、将来的な新たな医療技術の開発や創薬への貢献が期待できる。

詳細

背景)

Wnt/βカテニンシグナルは、転写因子TCF/LEF (T-cell factor/Lymphoid enhancer factor)のコアクチベーターであるβカテニンの細胞質中におけるタンパク質量を調節することにより標的遺伝子の発現を制御している(図1)。Wntシグナルを受容していない細胞では、βカテニンは、そのN末端領域をタンパク質リン酸化酵素GSK-3β (glycogen synthase kinase-3β)によってリン酸化され、そのリン酸化の結果としてユビキチン化される。そして、ユビキチン化されたβカテニンはプロテアソームによって分解される。この時、転写因子であるTCF/LEFはGrouchoなどのコリプレッサーやヒストン脱アセチル化酵素HDAC1と複合体を形成し、Wnt/βカテニンシグナル標的遺伝子の転写を抑制している。細胞が細胞間情報伝達分子Wntを受容すると、そのシグナルはFzやLRP5/6からなる受容体複合体を介してDishevelled (Dvl) タンパク質に伝達され、続いてDvlはGSK-3βの活性を抑制する。その結果、βカテニンはGSK-3βによるリン酸化を免れて細胞質中に蓄積し、核内に移行してTCF/LEFと複合体を形成し、標的遺伝子の転写を活性化する。

 私は以前、名古屋大学松本邦弘教授の研究室の大学院生であった時に、「ヒト胎児腎臓由来細胞株HEK293や子宮頸癌由来細胞株HeLaにおいて、タンパク質リン酸化酵素NLKがTCF/LEFをリン酸化することによりTCF/LEFのDNA結合能を低下させ、その結果としてWnt/βカテニンシグナル標的遺伝子の発現を抑制すること」を報告している(Ishitani et al., Nature, 1999; Ishitani et al., MCB, 2003)。しかしながら、その後十年近く、TCF/LEFリン酸化の脊椎動物における生理学的意義は全く不明のままであった。そこで私たちは、本研究においてこの未解決課題の解明に取り組んだ。

結果1)NLKはゼブラフィッシュ中脳においてLEF1のリン酸化を介してWnt/βカテニンシグナルを正に制御し、神経前駆細胞の増殖を促す。

 小型魚類ゼブラフィッシュは近年in vivoイメージングに適したモデル動物として注目されており、これまでに、TCF/LEFの活性依存的に不安定化GFP(dGFP)を発現するレポーター遺伝子が組み込まれたゼブラフィッシュ系統TOPdGFP-fishが作成されている。私は、NLKによるTCF/LEFリン酸化の脊椎動物における意義を探るために、まずこのTOPdGFP-fishを用いて「NLKがTCF/LEFの活性を制御する組織、細胞」の同定を試みた。TOPdGFP-fishは、受精後18-20時間ごろから中脳領域において強くdGFPを発現するが、モルフォリノアンチセンスオリゴ(MO)を用いてゼブラフィッシュNLKホモログNlk2の機能を阻害したところ、驚くべきことに、受精後24時間以降の中脳領域のdGFP発現が低下した(図2)。以前のHEK293、HeL細胞の解析から「Nlk2がTCF/LEFの活性を負に制御すること」が予測されていたが、このゼブラフィッシュを用いた実験の結果は、想定外なことに、「Nlk2が受精後24時間以降の中脳領域においてTCF/LEFの活性を正に制御すること」を示唆している。続いて、Nlk2によるTCF/LEF活性促進の意義を探るために、Nlk2機能阻害ゼブラフィッシュの中脳を継続的に観察したところ、Nlk2機能阻害胚では、中脳領域の神経前駆細胞の増殖が減少し、結果として、最終的に形成される中脳視蓋のサイズが小さくなってしまうことが分かった(図2)。また、中脳領域で発現するTCF/LEFファミリーの転写因子であるLEF1をMOで機能阻害すると、Nlk2機能阻害と同様に中脳領域においてdGFPの発現低下と、神経前駆細胞の増殖低下、中脳視蓋のサイズ縮小が観察された。これらの結果から、「LEF1活性のNlk2による正の制御が中脳における神経前駆細胞の増殖と適切な大きさの視蓋の形成に必須である」と考えられる。

 次に私たちは、Nlk2がLEF1のリン酸化を介してLEF1活性を促進しているかどうかを検討した。まず、培養細胞株においてNlk2がゼブラフィッシュLEF1をリン酸化することを確認した。次に、リン酸化されたLEF1を特異的に認識する抗体を作成し、これを用いてゼブラフィッシュ胚における内在性LEF1のリン酸化の検出を試みたところ、Nlk2依存的なLEF1の活性化が観察される受精後24時間胚において内在性LEF1のリン酸化を検出することができた。また、このリン酸化は、Nlk2機能阻害胚では検出されなかったことから、受精後24時間胚においてNlk2がLEF1をリン酸化していると考えられる。続いて、レスキュー実験を行い、ゼブラフィッシュ胚中脳においてNlk2がLEF1のリン酸化を介して機能しているどうか調べた。Nlk2機能阻害胚の中脳視蓋サイズ縮小の表現型は、野生型Nlk2や疑似リン酸化LEF1変異体(リン酸化部位のThr残基をグルタミン酸に置換した変異体)の強制発現によりレスキューされたが、酵素活性を欠くNLK変異体や野生型LEF1を強制発現してもレスキューされなかった。これらの結果は、Nlk2がLEF1のリン酸化を介してゼブラフィッシュ中脳視蓋の正常な形成に貢献することを示唆している。以上の結果をまとめると、ゼブラフィッシュ中脳においてNLKはLEF1のリン酸化を介してWnt/βカテニンシグナル(LEF1活性)を正に制御し、神経前駆細胞の増殖を促し、適切なサイズの中脳視蓋形成に貢献していると考えられる。

結果2)NLKは神経前駆細胞において、LEF1のリン酸化を介してHDAC1によるLEF1活性抑制を解除し、LEF1の転写活性を促進する

 上述のように、NLKはHeLa細胞及びHEK293細胞においてはTCF/LEFの活性を抑制する。しかしながら今回私たちは、ゼブラフィッシュ中脳においてNLKがLEF1を正に制御することを見いだした。では、このようなNLKによるLEF1の正の制御は、哺乳動物の神経組織の細胞においても起きるのだろうか?私たちは、この可能性を神経前駆細胞様の細胞株である、マウスneuro-2a細胞とラットPC12細胞を用いて解析した。その結果、これらの細胞では、活性型βカテニン、あるいは活性型βカテニンとLEF1を過剰発現しても、Wnt/βカテニンシグナルレポーター“TOPFLASH”の活性化やWnt/βカテニンシグナル標的遺伝子CyclinD1の発現誘導が起きないこと、活性型βカテニンとLEF1とともにNLKを過剰発現すると、TOPFLASHの活性化やCyclinD1の発現誘導が起こることが分かった。また、リン酸化部位(Thr-155及びSer-166)をアラニンに置換したLEF1-2A変異体はNLK及び活性型βカテニンとともに発現させてもTOPFLASHを活性化できず、一方でThr-155とSer-166をグルタミン酸に置換して疑似リン酸化状態にしたLEF1-2E変異体を活性型βカテニンとともに発現させると、NLK非存在下でもTOPFLASHを活性化した。従ってこれらの結果から、NLKはLEF1リン酸化を介してβカテニン-LEF1複合体の転写活性を活性化すると考えられる。

 次に、NLKによるLEF1リン酸化がどのような分子機構でLEF1を活性化するのかを探った。興味深いことに、NLKがLEF1の活性を負に制御する細胞であるHeLa細胞やHEK293細胞では、活性型βカテニンとLEF1を過剰発現しただけでTOPFLASHの活性化が起こる。このことから、「神経前駆細胞様細胞株ではHeLa細胞やHEK293細胞には存在しないLEF1抑制機構が働いており、NLKはこの抑制機構を阻害することによりLEF1の活性を促進するのではないか」と推測した。これまでに、マウスの脳やゼブラフィッシュの網膜等、脊椎動物の神経組織においてヒストン脱アセチル化酵素HDAC1がTCF/LEFに結合してTCF/LEFの転写活性を負に制御するという報告があった。そこで、LEF1抑制機構の実体がHDAC1である可能性を検討した。活性型βカテニンとLEF1のみを過剰発現したneuro-2a細胞をHDAC1阻害剤であるトリコスタチンA(TSA)で処理したところ、TOPFLASHの活性が強く上昇した。一方、活性型βカテニンとLEF1を過剰発現したHEK293細胞やHeLa細胞にTSAを添加しても、TOPFLASH活性はそれ以上に上昇しなかった。従って、神経前駆細胞様細胞株特異的に存在するLEF1抑制機構の実体はHDAC1であると考えられた。続いて、NLKがHDAC1によるLEF1阻害を解除する可能性を検討するために、NLK活性とHDAC1-LEF1複合体形成能の関係をCo-IPにより調べた。その結果、NLKを過剰発現したneuro-2a細胞ではLEF1とHDAC1の結合が低下すること、リン酸化を受けないLEF1-2A変異体はNLK存在下でもHDAC1と強く結合すること、擬似リン酸化変異体LEF1-2EはNLK非存在下でもHDAC1とほとんど結合できないことが明らかになった。これらの結果から、NLKはLEF1をリン酸化することにより、HDAC1とLEF1の結合を低下させ、LEF1の転写活性を上昇させると考えられる。また、ゼブラフィッシュNlk2阻害胚の中脳におけるTOPdGFPレポーター活性の低下は、TSA処理あるいはMOによるHDAC1機能阻害により回復した。したがって、NLKはゼブラフィッシュ中脳においてもHDAC1によるLEF1抑制を解除することでLEF1活性を促進していると考えられる。

結果3)神経前駆細胞においては、Wnt-1/Wnt-3aはDvlを介してNLKを活性化する

 私たちは最後に、NLKによるLEF1のリン酸化がどのような上流シグナルによって活性化されるかを検討した。受精後24時間のゼブラフィッシュ中脳においてWnt1が強く発現していたことから、「Wnt1ファミリーの細胞外リガンドがNLKの上流シグナルである」という仮説を立て、その仮説の検証を行った。Wnt1をMOにより機能阻害したゼブラフィッシュ胚では、Nlk2機能阻害胚と同様に、受精後24時間における中脳のTOPdGFP活性とLEF1リン酸化レベルが低下し、また、中脳に形成される視蓋のサイズが縮小することが分かった。加えて、PC12細胞にWnt1ファミリーの分子であるWnt-3aのシグナルを入力すると、NLKの酵素活性の活性化、LEF1リン酸化、LEF1とHDAC1の結合の低下、TOPFLASHレポーターの活性化が起きること、Wnt-3aシグナルによるLEF1リン酸化とTOPFLASHの活性化がNLKのRNAiによって阻害されることを見いだした。これらの結果から、NLKによるLEF1リン酸化は、Wnt-1/Wnt-3aシグナルの下流で起こると考えられる。さらに私たちは、PC12細胞ではWnt-3aシグナル依存的にWnt/βカテニンシグナルのメディエーターであるDvlとNLKの結合が増加すること、neuro-2a細胞やPC12細胞にDvl1を過剰発現するとLEF1リン酸化とTOPFLASHの活性化が起き、NLKをRNAiするとこれらが起きなくなることを発見した。従って、神経前駆細胞においてWnt-1/Wnt-3aシグナルはDvlを介してNLKを活性化すると考えられる。また、ここまでの結果をあわせて考えると、「神経前駆細胞においては、WntシグナルはDvlの下流でβカテニンの安定化とNLKの活性化の双方を導き、それによりLEF1を活性化する」と考えられる。

 以上の結果から図3に示すモデルを提唱する。

「Wnt分子を受容していない神経前駆細胞においては、HDAC1がLEF1に結合しており、そのため、LEF1の転写活性は低く抑えられている。Wnt分子を受容した神経前駆細胞では、Dvlが、GSK-3βの働きを抑えて核内のβカテニン-LEF1複合体の形成を誘導する一方で、NLKと結合してNLKを活性化する。活性化したNLKはLEF1をリン酸化してLEF1とHDAC1の結合を低下させ、βカテニン-LEF1複合体の転写活性を促進し、これにより神経前駆細胞の増殖を促し、適切なサイズの神経組織の構築に貢献する」

 冒頭に記述した通り、私たちはこれまでに、HeLa細胞あるいはHEK293細胞では、NLKを過剰発現するとβカテニン-LEF1複合体のDNA結合能が低下し、その転写活性が低下することを報告している。しかしながら今回私たちは、神経前駆細胞様細胞株及びゼブラフィッシュ中脳神経前駆細胞においてはNLKがβカテニン-LEF1複合体の転写活性を促進することを見いだした。今後は、NLKによるLEF1リン酸化という同一の現象がどのようにして細胞種によって真逆の効果を引き起こすのかについて、その分子メカニズムを詳細に解析して行く予定である。

 また、Wnt/βカテニンシグナルの活性異常は大腸がんや肝がんなどの腫瘍の発生・進展に深く関わることが知られているが、はたしてNLKはこれらの現象においてWnt/βカテニンシグナルを正負いずれの方向に制御するのだろうか?最近、肝がんなどでNLKの発現上昇が起きており、これが細胞の過剰増殖やWnt/βカテニンシグナル活性の亢進と相関しているという報告がなされている(Jung et al., J Cell Biochem. 2010)。このことは、肝がんにおいてNLKがWnt/βカテニンシグナルを正に制御している可能性を示唆している。現在私たちは、NLKによるTCF/LEFリン酸化とがん及び消化器官の維持の関係についても解析を行っており、その成果については、今後またご報告させて頂きたい。

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