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研究成果

吉田清嗣(東京医歯大・難治研・分子遺伝)
Taira N, Mimoto R, Kurata M, Yamaguchi T, Kitagawa M, Miki Y, and Yoshida K.
DYRK2 priming phosphorylation of c-Jun and c-Myc modulates cell cycle progression in human cancer cells.
J Clin. Invest. (2012) doi: 10.1172/JCI60818. [Epub ahead of print] [PubMed]

要約

癌による死亡原因の九割は癌の転移であり、転移を抑えることができれば、癌の根治が望める可能性が高くなります。転移は癌が増殖・進展・浸潤することで起こりやすくなり、その一因として細胞周期制御の異常が知られていますが、その詳細なメカニズムはわかっていません。その仕組みを明らかにすることを目的として研究を進めた結果、この細胞周期を制御している酵素として新たにDYRK2を見出しました。DYRK2は転写因子c-Junやc-Mycの分解を促すことで、G1期からS期への移行を制御していました。進行した癌ではDYRK2の発現が低下する一方、c-Junやc-Mycが蓄積することで、癌細胞の増殖が活発となり、進展・浸潤すると考えられます。そこで、DYRK2の発現を元に戻すことで癌の進行を食い止めることができれば、原発巣を適切に治療し除去することで癌の転移を抑えられる可能性が高まります。

詳細

癌は1981年以降本邦の死因第一位であり、現在では二人に一人が癌にかかり、三人に一人が癌で亡くなるという深刻な事態となっている。癌による死亡原因の九割は癌の転移であり、転移を抑えることができれば、癌の根治が望め再発に苦しまなくてすむ可能性が高くなる。転移は癌がある程度大きくなって広がる(増殖・進展・浸潤する)ことで起こりやすくなる。癌がどのように増殖・進展するのかについてはこれまでに多くの研究が行われてきており、その一因として細胞周期の異常が知られている。多くの癌細胞でG1期が短くなっており、結果として細胞分裂が活発となり癌細胞がより増殖することが観察されている。しかしその詳細な機構は明らかとは言えない。

c-Junやc-Myc は細胞周期制御に必須な転写因子である。c-Junやc-Myc はセリン残基のプライミングリン酸化を受けると、引き続いて4アミノ酸N末端側のトレオニン残基がGSK3betaによってリン酸化され、さらにユビキチンリガーゼFBXW7がリクルートされてc-Junやc-Mycのユビキチン化とそれに引き続くプロテアソームによる分解を受けることが知られている。このリン酸化を起点とした分解はG1期からS期への遷移に重要であり、分解異常が発癌や癌の進展と密接に関与していることが報告されている。我々はDYRK2と呼ばれるリン酸化酵素が、c-Junやc-Mycのプライミングリン酸化を担っていることを見出した。興味深いことに、DYRK2をノックダウンするとc-Junやc-Mycのプライミングリン酸化が顕著に減弱し、GSK3betaによるリン酸化も見られない。それに伴いc-Junやc-Mycの分解異常による蓄積が観察され、下流の標的因子であるcyclin Eなどの転写発現が異常をきたし、G1期の顕著な短縮に伴う細胞増殖が亢進した。

次にDYRK2が癌の増殖や進展にどのような役割を果たしているかについて、in vivo xenograftモデル実験を行った。DYRK2を恒常的にノックダウンした乳癌細胞をマウスに移植し造腫瘍効果を調べたところ、コントロール細胞と比較して明らかな造腫瘍能の増強が観察された。この増強はc-Junやc-Myc を共にノックダウンすることでほぼ消失したことから、DYRK2による腫瘍抑制効果はc-Junやc-Myc を介していることが示唆された。次にc-Junやc-Mycの蓄積は多くの癌細胞で認められていることから、ヒトの癌細胞におけるDYRK2の発現について調べたところ、いくつかの癌、たとえば乳癌、食道癌、大腸癌、腎臓癌などで有意にDYRK2の発現が低下していることが判明した。そこでヒト乳癌組織におけるDYRK2の発現を検証したところ、乳管内乳癌と比べて浸潤性乳癌ではDYRK2の顕著な発現低下が認められ、一方でc-Junやc-Mycは発現上昇しているという逆相関現象が観察された。このことから、癌が進行するにつれてDYRK2の発現が低下し、その結果c-Junやc-Mycが蓄積し癌細胞の増殖が活発となり、癌が進展・浸潤すると考えられる(図1)。我々のこれまでの研究から、DYRK2は恒常的にユビキチンープロテアソーム系を介した分解を受けている。詳細なメカニズムの解明にはさらなる研究が求められるが、癌の進行に伴いこの分解系が何らかの機構で亢進している可能性が示唆され、検証を進めているところである。

本研究による発見により、DYRK2の発現を元に戻すことで、癌の進行を食い止めるような薬剤開発への道が開かれた。またこの研究をさらに発展させることにより、癌が進展・浸潤する詳細な分子機構解明と、癌の転移を抑える新規治療法開発への応用が期待される。

図1 細胞周期進行におけるDYRK2を介したc-Junやc-Mycの発現制御機構
DYRK2が正しく働いている時には、転写因子c-Junやc-Mycをリン酸化し分解を促すことで、適切なタイミングでG1期からS期に移行することで細胞周期が正しく制御されている。一方、DYRK2の発現が低下すると、c-Junやc-Mycのリン酸化が顕著に減弱し分解異常による蓄積が起こり、G1期の顕著な短縮に伴う細胞増殖の亢進や腫瘍の進展が生じる。

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