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細胞内シグナル伝達のA-Cellモデル構築ガイド はじめに

はじめに基礎初級中級上級

はじめに

我々は反応拡散モデルの構築とシミュレーションを実行するソフトウエアA-Cellを開発して公開し、さらに新学術領域「修飾シグナル病」ではA-CellのJava版を開発して公開した。これまでの我々のスタンスは、複雑なA-Cellモデルも単純な化学反応や拡散の組み合わせでできているので、基本を習得した後は自分の研究対象のシグナル伝達をA-Cellを用いて試行錯誤しながらつくる、というものであった。しかし実際には何から手を付けたらよいのか、またどのような手順で進めたらよいのかわからず、なかなか手が出せない人が多いことも事実であった。このようにA-Cellを使う前の段階に障壁があることは認識してはいたものの、実験結果などを総合してA-Cellを使ってモデルを構築する段階は「曰く言い難し」であり、論理的な説明が困難なために避けてきた、というのが本音であった。おそらくこの部分に触れた解説書や教科書もないのではないかと思われる(そもそも数理モデル構築に関する教科書なるものが非常に少ない)。しかし数理モデル研究を活性化するためには何らかの手を打つ必要があることも確かである。そこで研究室で議論などを行い、モデルの難易度によって例題を階層化すること、および大雑把なシグナル伝達のポンチ絵からA-Cellを使ったモデル構築へ至るための方法を解説することにより障壁が低くなるのではないかと考え、本資料の作成に至った。これは我々にとって初めての試みであり、不十分な点が多いであろう。また従来の解説書や教科書に見られるように単なる例題の列挙に陥っているきらいもあるかもしれない。この点は今後の改訂に反映させるということでお許しいただきたい。
この資料は、研究室の特任研究員である大島大輔博士と学振PDの渡部綾子博士の協力によって完成したものである。

資料の構成

本資料は2つの特徴がある。その第一はA-Cellモデルを基礎、初級、中級、上級に階層化して具体例を例示すことにより、自分が研究対象にしているシグナル伝達がどこに位置するのかを知り、例題と自分のシグナル伝達を比べることで、自分の数理モデルを構築することを支援する点である。第二はシグナル伝達のポンチ絵からA-Cellによる数理モデルへ繋げる道筋を示した点にある。我々の研究室での議論で、シグナル伝達のポンチ絵は研究者であれば描けるのではないかということになった。それならば、ポンチ絵からA-Cellモデルに持って行く方法を解説すれば何とかなるのではないだろうか。そこで本資料では、それぞれの階層におけるモデルの説明に、ポンチ絵→A-Cellモデルの道筋を示した。ただし実際のモデルは対象特異的であるため、皆さんの興味が無いシグナル伝達を使って解説されているかもしれない。この時はシグナル伝達経路の形(構造)に着目し、それを自分のシグナル伝達と比較していただければ幸いである。

数理モデルの階層

数理モデルは、反応のみを扱えば点モデル(temporal model)となり、反応に拡散を加えれば2Dや3Dモデル(reaction-diffusion model、反応拡散モデル)となる。本資料では各階層について、点モデルと2D/3Dモデルに分けて解説している。そこでまず、各階層の定義(のようなもの)を述べよう。

基礎
何にでもそれ以上小さくならない基礎や単位というものがあるものである。この単位より下の階層の議論はまったく別の理論的枠組みが必要となる、と言う意味での単位である。数理モデルの階層でいう基礎も、モデルを構築するときの単位を集めたものである。しかし反応の単位は何かと問われればそれは一次反応(複合体の解離反応など)と二次反応(複合体形成反応)であり、これに対する解説だけではあまりに不親切であろう(3次反応以上は扱わない、理由は別掲)。そこで、これを組み合わせた連続反応、平衡反応、Michaelis-Menten型反応、そして閉ループ反応までをこの階層に含めた。一方拡散については、t=0に一点に局在する物質が広がる場合(ふつうの拡散、細胞局所で作られたタンパク質の拡散など)と物質の湧き出し(供給)がある場合の拡散(イオンチャネルからの流入イオンの拡散など)をこれに含めた。詳しくはこちら 実例は以下の3階層に分けて紹介した。
初級 これは基礎の反応を直線的に組み合わせれば構築できる数理モデルである。シグナルの戻りがあるフィードバックや、反応先に向かうのに平行して2つの経路があるようなフィードフォワードを含まない数理モデルである。この階層のモデルはポンチ絵から丹念にA-Cellモデルを作れば完成する。2D/3Dの場合には簡単な反応拡散モデルである。詳しくはこちら
中級 反応にフィードバックやフィードフォワードがある場合や、反応拡散モデルにおいては局在を扱うような場合の数理モデルである。この階層の定義は少々曖昧であるが、上級ではなくかといって初級でもないという数理モデルがどうしても存在するので、これをここに階層化したという面もある。詳しくはこちら
上級 これは振動と時空間パターン形成に関わる数理モデルである。この数理モデルは作るのが難しいだけでなく、シミュレーション結果の解釈も難しい。その上、現象とそれに関わる役者がわかっていても、役者をどのように配置してどのように動かしたら目的とする現象が得られるのかも簡単にはわからない場合が多い。詳しくはこちら

ここで注意をひとつ。数理モデルの階層は上級ならば論文になるが初級では論文にならない、というものではない。ここで言う階層は数理モデルの構造の複雑さや解析の難しさによって分類したものであり、上級に近くなるほどモデルを作るのも、またシミュレーション結果を解釈するのも難しくなるという意味である。

まえがきのおわりに

本資料を見ていただくことでA-Cellを用いた数理モデルが構築できると期待しているが、これですべてが解決したとは思っていない。最近では実験と数理モデルの共同論文が増えてはいるものの、数理モデルをつくる、というモチベーションの問題が残っている。今後の課題である。