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タンパク質の目印が様々な病気と関係することを世界で初めて発見!

徳永文稔
群馬大学 生体調節研究所 分子細胞制御分野

1962年 奄美大島生まれ
出身高校:鹿児島県立錦江湾高等学校
趣味:男声合唱、オペラ、将棋
研究室HP:http://molcellbiol.imcr.gunma-u.ac.jp/


10月に入るとノーベル賞の発表週間となり、このところ毎年のように「日本人受賞!」という明るいニュースが聞かれるようになってきました。私たちにとっても、「今年こそはあの先生が...」と、知り合いの先生の受賞を心待ちにする特別なウィークとなっています。2015年には梶田隆章博士にノーベル物理学賞が、大村智博士にノーベル医学生理学賞が授与されたことは記憶に新しいことでしょう。大村博士は、オンコセルカ症に対する特効薬イベルメクチンを微生物から見出し、アフリカの人々を数億人規模で寄生虫病による失明から救いました。実は、あまり報道されませんでしたが、大村博士が見出された抗生物質はこれに止まらず、重要なツールとして生命科学研究に利用されている数多くの化合物を見出されています。例えば、プロテアソーム阻害剤のラクタシスチン、プロテインキナーゼ阻害剤のスタウロスポリン、脂肪酸生合成阻害剤のセルレニンなどが代表的なものです。これらのうち、ラクタシスチンについて紹介します。

ラクタシスチンは、まず神経細胞の突起伸長を導く抗生物質として1991年に大村博士らによって放線菌から同定され、その後の研究からプロテアソームという酵素を阻害することが明らかになりました。プロテアソームは、ユビキチンという分子が数珠状に連結した目印(翻訳後修飾)を認識して、そのタンパク質を選択的に分解する酵素です(図1a)。プロテアソームは細胞内の新陳代謝を司る重要な酵素で、この酵素活性が正常に働かない場合は不良タンパク質が細胞内に蓄積することで神経変性疾患などの病気となり、一方、プロテアソーム活性が強すぎる場合も、がん化を抑制するタンパク質を分解してしまうことで、がんなどの病気を引き起こします。したがって、適切なユビキチン修飾とそれに引き続くプロテアソームによるタンパク質分解は、人体の健康維持のために必須と言えます。


図1:ユビキチン修飾による細胞機能変換
(a)標的タンパク質にユビキチンが結合すると選択的にプロテアソーム分解を受ける。
(b)ユビキチンが直鎖状に連結した場合は、タンパク質分解ではなく、炎症・免疫に関与する。

不良タンパク質を識別して選択的にユビキチン修飾するメカニズムは、アブラム・ハーシュコ(Avram Hershko)やアーロン・チカノバー(Aaron Ciechanover)らのイスラエルの研究者らによって発見され、そのユニークな分子反応機構と生理的な重要性から2004年にノーベル化学賞を受賞しました。また、プロテアソームは田中啓二博士(東京都医学総合研究所・所長)らが発見した重要なタンパク質分解酵素です。ラクタシスチンは、複雑な構造であるため治療薬としては発展しませんでしたが、生命科学の研究ツールとして大変貴重なものとして利用されています。現在、ラクタシスチンと構造は異なりますが、プロテアソーム活性阻害剤として開発されたボルテゾミブ(ベルケイド)という薬は、多発性骨髄腫や悪性リンパ腫などのがんに対して極めて有効であることが明らかになり、世界中で最も販売されている薬の一つになっています。

大変興味深いことに、その後の研究からユビキチンは単にタンパク質分解だけでなく、細胞内シグナル伝達、DNA修復、細胞内物質輸送など様々な生理機能調節に関わることが明らかになってきました。これは、ユビキチンが数珠状に連結する際に、様々な様式を取ることができることに起因します。つまり、あるタイプのユビキチン鎖はプロテアソーム分解の標識となりますが、別のタイプのユビキチン鎖は全く分解の標識とはならず、DNA修復やシグナル伝達など全く異なる役割を果たすことが分かったのです。これまで見出されていたユビキチン鎖は、7通りの分岐鎖状ユビキチン鎖という、いわばジグザグな鎖でしたが、今回の研究で私たちは、「直鎖状ユビキチン鎖」という全く新しい真っ直ぐなタイプのユビキチン鎖を作る酵素を見出し、この直鎖状ユビキチン鎖が炎症応答や免疫制御に重要なNF-κB(エヌ・エフ・カッパー・ビー)というシグナル伝達を制御することを発見しました(図1b)。さらに、この酵素の構成因子が遺伝的になくなったマウスでは、重篤な皮膚炎を発症することを明らかにしました。また、いったん作られた直鎖状ユビキチン鎖を分解して、シグナルをONからOFFへ制御する酵素(脱ユビキチン化酵素)についても2種類同定し、その作用メカニズムを詳しく解明しました。これらの研究から、細胞内の炎症・免疫シグナル伝達について新しい仕組みがわかり、その異常は、B細胞リンパ腫などのがん、関節リウマチなど自己免疫疾患、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患、糖尿病など生活習慣病に関わることが示されました。今後、炎症や免疫応答の仕組みについて基礎医学的に研究を深めるとともに、この制御機構を標的とすることでがんなど各種疾患治療に有効な薬剤シーズの同定へと繋げていきたいと考えています。

研究者を目指す若者へのメッセージ
さて、2015年のノーベル医学生理学賞を受賞した大村博士は、人の役に立つことを目指し、微生物からいろいろな有効成分を抽出して、その薬効を精力的に調べました。その翌日に、ノーベル物理学賞を受賞した梶田博士はニュートリノに質量があり、振動しているということを見出され、基礎研究の重要性を説かれていました。両博士とも地道な努力がすばらしい発見となり、今回の受賞に繋がったと思います。しかし実際には、これらの成果が結実するまでに20〜30年という月日が必要でした。現在の状況を鑑みますと、これから20〜30年後にも同じように日本人のノーベル賞受賞という明るいニュースが毎年聞かれるか疑問に思うことがあります。爆発的に成長する隣国に学術分野でもあっという間に追い抜かれ、後塵を拝することがないか懸念しています。我が国において、今後とも学術領域での「未知への挑戦」を志す若者が続くことを期待しています。

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